-------- 

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2012-04-24 

「ゲーム性」議論に終止符を打つためのシンプルかつ実用的かつ根本的な定義 

ちまたでは、「ゲーム性とはリスク/リターンである」「ゲーム性とは駆け引きである」などと言われる。これは分かりやすい。シンプルだ。しかも、一部のゲームを分析する上で実用的であるという点も素晴らしい。

しかし、これらは「そもそもゲームとはなんぞや?」という点を起点にしていないため、適用範囲の狭さを感じさせる。残念ながらゲーム性論議を収束させる方向には使えない(別に誰も収束させようとしていない気もするけど)。ゴールドエクスペリエンスレクイエムの様相を呈するゲーム性論議に終止符を打つために、今、一人の男が立ち上がった!

そして座った(えへ)。

「ゲーム性」という言葉は、根本的な定義が存在しない。それでも多くの人は、ゲームを説明・比較・分析・評価する上で足りない要素すべてをひっくるめて「ゲーム性」と呼び、その言葉で何かを表現しようと模索している。そして明文化するときに、任意の前提・任意の文脈・任意の用法で「ゲーム性」という言葉が使用されるから無限のバリエーションが生まれる。バリエーションが生まれるのはいいけど、共有している前提がないからAさんの考えるゲーム性とBさんのそれとを俎上に載せることができない。「おれはこう思います」「なるほど、そういう考え方もありますね」で終わる。だから話が広がらないし、前に進まない。別にいいんだけど、残尿感は否めないよねぇと。
ちなみに、井上明人氏の論文「ルールズ・オブ・プレイ」などではゲーム性に関しての言及もあるが、いずれも「ゲーム性」という言葉に対する明確な定義は現れない(というか、少なくともそもそもそういう目的で書かれたものではないし)。

というわけで、――いい意味で――適当に定義しよう。この場合の適当とは、「哲学まで遡らないレベルで根本的」といったところ。私は“帰納”的かつプラグマティックな頭の使い方しかできないので、自分の思いつきに自分で反論してみて問題がなさそうなら問題ないと判断するのだ。言葉を「便利」に使えたらそれでいい。だからこんなにお金がないのかな? まぁそれはいいか。

どの辺りまで遡るのが妥当かと考えたのだが、「ゲーム性」つってんだから「ゲームってなんだ?」というところまでで事足りそう。だから「趣味」ぐらいからにしよう。それを踏まえて、以下のような感じで展開。

■趣味とは、人間が取り組む生存に不必要な行動のことである
趣味を仕事(生存に必要な行動)にすると趣味ではなくなるということが簡単に説明できて便利な定義。“遊び”は趣味に含まれるバリエーションの一つだからここに入ってくるんでしょうたぶん。“ゲームをすること”も同様。

■ゲームとは、生存に不必要な行動(=趣味)を促す問題を出題されるよう設計された装置である
ここが割とポイント。「ゲームとは問題のこと」だと言っている。
ちなみに、「ゲームはコミュニケーションのためのツールである」なんていうプチ定義もよく聞くし私自身も発したことがある気もするけど、よく考えてみるとこれはちょっと変だ。コミュニケーションなんてゲームの一つの“用法”だし、そんなツールはそもそもゲームだけじゃない。だから、ゲームそのものを説明する言葉にはなり得ない。

■ゲーム性とは、ゲームによって出題される問題の性質である
「ゲーム=問題」だから、ゲームの性質は問題の性質でしょうと。これはそのまんま。

そんなわけで、上記3点が基本形。つまり、ゲーム性を語るということは「問題の性質」を語ることだというわけですな。

では問題の持つ性質とは何か? たとえば以下のようなものがある。

・答えがある
・解法がある
・ルールがある
・難易度がある

ほかにもあるかもしれない。しかし、ほかにあったとしても、それは問題の性質が上記以外の項目を持っているというだけで、「ゲーム性を語ることは問題の性質を語ることだ」という主張にはなんの影響も与えない。すげえ! うほっ!

便宜上、上記4項目(+α)が“ゲーム性”を語るための項目であるいう前提で一つのゲームを語るなら、それぞれの項目に対して語る(あるいは分析する)ための視点を適宜加えていけばいい。例えばこんな感じ

・ドラクエの「答え」はクリアだが、これはシステムが用意したもので、プレイヤー自らも答え(アイテム集めなど)を設定できる
・当該ゲームの解法は○○の解法に○○を加えたものである
・こういうタイプのプレイヤーにとっては当該ゲームの難度は低い

今回の定義のポイントは、ゲームというものからモチーフや文脈や生理的な愉悦みたいなものを切り離している点にある。だから、ゲームの形や構造みたいなものを抽出しやすくなっていると思う。この定義によってゲーム性という言葉から切り離されたモチーフを始めとした要素は、“ゲームを楽しむ”うえでは切っても切り離せない要素だが、それはゲーム性とは別に語ればいいじゃん、と。要するに今回の定義方法だと、

「ゲームAとゲームBはまったく同じゲーム性だが、前者はつまらなく、後者は面白い」

みたいなことが生まれるわけだが、これって自然なことだよねぇと。

そんなこんなで、今回の結論は、以下のとおり。

















「カルネージハートは面白い」

ありがとうございました。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://gueed.blog88.fc2.com/tb.php/457-45ee7fa2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«前のページ  | HOME |  次のページ»

ブログ内検索

現在使用中のキーボード
(2013/11/03時点)

プロフィール

Gueed

書いている人:Gueed
京都府生まれの執筆業者(3234歳/男/東京都世田谷区在住一時的に京都府在住)。ライティングやらWebのお仕事やらをしています。

RSS

RSS

月別アーカイブ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。