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2009-11-11 

ゲームの(需要|受容)と供給 ※超ざっくり版 

なんとなく、ふんわりと頭に浮かんだことを。
##しかもかなり漠然と書くけど怒らないで☆

映画や小説が老若男女を問わず触れられているにも関わらず、ゲームの受容者は――全体としては――年齢層が低い。もちろんこれはゲームという文化が比較的新しいという面もあるだろうけど、せっかくなので別の視点で考えてみる。

実は最近、その原因は“読みの自由度”にあるのかなと思っている。ジャンルやプレイヤーの没入度・スタンスによって差があるにはあるんだけど、そうは言っても、やはりゲーム1作品当たりに思考を奪われる割合が、映画や小説に比べても小さい気がする。

一見すると逆に思えるが、実は読みの自由度が高い(≒角度が大きい)ほどコミュニケーションツールとしての性能は高い。そしてあらゆる読みが可能な媒体は、批評プラットフォームや受容側のリテラシが強化され、さらに懐の深い作品が生まれる土壌が形成されていく。今のところ(あくまでも今のところだけど)、ゲーム全体を見渡すとその辺りに“弱み”があって、現在の閉塞感を生む原因になっているんじゃないかと思うんですな。

ただ、それがゲームという“メディアの特性”かというとそれは違うと思っていて、個別具体的なゲームタイトルによっては多様な読みを許容するものも実際にあるし、前述の通り受容側の没入度やスタンスによって外因的な読みを付加することだってできる。問題は、多様な読みを許容するタイトルがどの程度の頻度でリリースされ、どの程度受け入れられるかという話になるんだけど――。

うん、やっぱりこの話をするのは早計な気がする。あまり中途半端に考えて恥をさらすのもいやなので一旦この辺りで。

また今度まとめて書くので、さらっと読んでキレイさっぱり忘れていただけるとこれ幸い。


ゲーム 読み

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京都府生まれの執筆業者(3234歳/男/東京都世田谷区在住一時的に京都府在住)。ライティングやらWebのお仕事やらをしています。

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