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2009-09-18 

これだけはお手上げ(分からない)。女の人に「出産欲」ってあるの? 

私は人に「なんで生きてるの?」と問われたら、「失礼なやつだ!」と全力で殴る前に「生に意味があるかどうかは分からないけど、今実際に生きているし、死は選択可能だけど生は選択不可能だし、生理的に死を回避する本能が備わっているらしいしってことを考えると、死に比べて生の方に意味がある可能性が高いからかしら」と答える。つまり根底にある上記の論理こそが私にとっての神であり、これは比較的バルカン人に近い立場と言えるというのはまあ2割方冗談なので聞き流していただくとして。

そこで掲題の件。最近以下の文章を読んだ。

→福島瑞穂:編「産まない選択―子どもを持たない楽しさ」について

主旨としては「産みたい人は産んだらいいし産みたくない人は産まなくていい。ただ産みたくない人を圧迫するような社会はダメ」という感じ。私も同感だし、まぁバランスよくいこうや、という印象である。

ただ一方で、女性の身体には子供を産むためらしき機能が備わっていて、それを利用しないことに対して違和感を抱くのはなんら不自然ではないかな、とも思う。その違和感はかなり漠然としていて「30過ぎまでオナニーしてませんでした」という男に対する思いと同類のものだ。上記はいずれも往々にしてあり得ることだが、少数派であること、生理現象を通過しなかったこと、という2点で直感的に違和感を感じる。「そんなことに違和感感じちゃダメ!」とかいう問題ではなくて、実際にそうなのね。

そこで思ったのだが、女の人に「出産欲」ってあるのだろうか? かわいい子供がほしい、将来的に養ってくれる子供がほしい、というレイヤーではなく、もっともっと生理的な欲求としての出産欲。「あれ? なんか子供が欲しい気がするわ。よく分かんないけど」みたいな。

仮にそうであるなら「産まない選択」っていうのは、欲求を抑制するという意味で、個人の意識を変えただけでは現状を変えられない気もする。問題のレイヤーが違うから。時代や政治は個人がより多くの欲求を開放できるように進んできたんだし、これからも――少なくとも民主主義国家では――進むだろうし。つまり元々はリベラルな発想かもしれんけど、よくよく考えてみたらナンセンス、みたいな。

逆に「出産欲」というものが存在しないとすると、個人が“産まない人”に対して抱く違和感は完全に根拠ゼロの不当なものと言える。社会通念としてざっくりと今すぐドラスティックに切り替える必要があるし、違和感を抱いた人は自分に対して「非論理的乙!乙乙!」と罪悪感を感じまくる必要があるな、と。

いやぁ、こればっかりは男の私には分からないなあ。

実は個人的に、この辺りがはっきりしていないから少子化問題もイマイチうまく考えられない。人間の生理と整合性のとれない社会システムはいつか破綻するんだろうし、少子化問題を生物学として捉えるか社会学として捉えるかで答えが180度変わるんじゃろう、と。普通に考えてどちらもバランスよく考慮するんだろうけど、そのさじ加減って責任重大だよなー、みたいな。

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京都府生まれの執筆業者(3234歳/男/東京都世田谷区在住一時的に京都府在住)。ライティングやらWebのお仕事やらをしています。

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