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2009-08-24 

オンラインゲームが不完全な理由&だからこそ受け入れられているという件。ネガティブな話ではなくて 

(3点リーダーが……になって気持ち悪い……。ほらまた……)

これまでもあちこちで書き散らかしてきたように、私は「オンラインゲームはゲームとして不完全な形(≠面白くない)」と考えている。しかし何度も書いてきた割には根拠が断片的で多くの人にうまく理解してもらうに足りないと感じたので、少しまとめておこうと思う。主に自分のために。

※不完全……上記も含め、以下“不完全だと感じる”と読み替えていただけるとこれ幸い。

まず“コンピュータゲーム”は、プレイヤーの入力を受け、その入力を基にした出力が仮想世界にどう変化を及ぼすかということを楽しむためのシミュレータであるといのうが私の根本の理解(※)で、早い話が「人の代わりにプレイヤーと遊んでくれる装置」というのが個人的な主張の根幹をなしている。

※もちろんシミュレータとして、現実世界の現象をデフォルメすると同時にハードルの低い入力インターフェースを用意することでうんたらかんたら~といった特徴もあり、むしろ私はそちらに興味があるんだけど、今回の論点ではある程度無視できるのでまた改めて。

その仮想世界の多くは、環境や人を現実に近づけることが“向上”とされていて、たとえばNPCなどはできるだけ現実世界のプレイヤーキャラクターに近い振る舞いをするよう、思考回路が設計されていく。

問題は、“プレイヤーキャラクター”と“プレイヤーキャラクターのような振る舞いをするNPC”はまったく別物ということだ。リアルタイム性を伴う多くのオンラインゲームが不完全なのは、この部分をまさにプレイヤーキャラクターに置き換えてしまうことで解決しようとした点にある。

なぜそれが問題なのか? それはゲームに社会性を持ち込むことになったから。

冒頭、私は「人の代わりに遊んでくれる装置」をコンピュータゲームだと書いた。ではなぜ人ではなくて“人の代わり”なのかというと、それは“社会性を排除したかった”からにほかならない。ここで言う社会性は「会話」や「マナー」など、もっと具体的にいうと、「待ち合わせ」や「約束」など、人が2人以上になると発生する手続き全般のことである。

上記のように本来は排除したかったはずの社会性が、リアルタイム性を伴うオンライゲームには付加されている。これが私が“不完全”と感じる第一の理由である。

ここでこう考える人もいるだろう。「オンライゲームは社会性があるからこそ面白くて、(かつては)新規性があり、これほどまでに受け入れられているのではないか」と。

これは“まさにその通り”で、返す言葉はない。

ただそれは「“不完全である”ということと“面白い”ことは矛盾しない」だけの話である。

社会性の持つ愉悦は、本来“ストレス”を伴う愉悦で、それは現実世界の学校や会社でいくらでも味わうことができる。だからこそコンピュータゲームはそれらを排除しようとして生まれてきたし、“コンピュータゲームの正しい進化”に社会性の入り込む余地は本来ないはずなのだ。誤解を承知で言えば。

にも関わらず、その手の愉悦をゲーム内に必要とするのは、現実世界で社会性の持つ――ストレスを含む――愉悦を味わえていないことの裏返しなのではないか、というのがオンラインゲーム隆盛にまつわる一般論に対する私の理解だったりする。オンラインゲームはその不完全性がむしろ魅力なのだな(※)、と。読む人が読んだら不快に聞こえそうでものすごく不安なんだけど(怒らないでね!)。

※ただしこの部分には意図的に論理の飛躍が含まれていて、「オンラインゲームの特性(オープンフィールドだったり○○だったりなどなど)が発する面白さが社会性を持つことによるデメリットを単純に上回っている」可能性もある。ここでは私の主観、とくに“最近の私がオンラインゲームを敬遠している理由”から帰納して一般化しているので注意。

まとめると、

・オンラインゲームは不完全である
・オンラインゲームの不完全性と世相が合致している

という二つの理由で“現在は”広く受け入れられているのではないかと言いたいわけであるんであります。こう書くとびっくりするほど月並みなんだけど、結論なんかどうでもいい。

ここまでが、過去の主張の断片をまとめたもの。

じゃあ私の思う“完全形に近づく”とはゲームがどのような形になることか?  というのは――誰も興味を持っていないのはさておき――また今度。本エントリー自体が少し長いし、デスクトップPCのある部屋はクーラーが無くて暑いので。一つだけ書いておくとすれば、この不完全さは“リアルタイム性をもったオンライン要素”にのみ存在する、という感じ。

念を押しておくと、私はオンラインゲームが面白くないとかダメとかと言っているのではなく(だって私もそれなりに遊んできたし)、「向かう方向はどっち?」という話をしている。かつてオンラインゲームが面白かったことは認めつつも、私も含めて多くの人が抱いているであろうオンラインゲームに対する漠然とした不満はどこからくるのだろう、というのを興味の対象としているだけだ。

しかし、この手の議論はあまり表に出てこない(あるところにはあるんだけど……)。少なくとも「さあ、ゲームを作ろう!」と思ったときに、この思考がまったく頭をよぎらないわけがないし、よぎらなかったとしたらそのゲームが面白くなる可能性はものすごく低くなる(おそらく、少なくとも私にとっては)と思うんだけど。

こういう定性的な話って書きにくかったり、書きづらかったりするのは分かるんだけどねえ。あんま気にすんなや、って感じなんだけども。


ゲーム
▲拾いもの

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京都府生まれの執筆業者(3234歳/男/東京都世田谷区在住一時的に京都府在住)。ライティングやらWebのお仕事やらをしています。

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