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2009-02-27 

ゲームは読書よりタメになる?そうは思わない 

橋本氏の書評ブログは好きでちょくちょく読んでいるが、この論調はあまり好きではない。

→ダメなものは、タメになる テレビやゲームは頭を良くしている
  (Passion for the Future)


まずもって「頭をよくする=タメになる」という発想に異議がある。

そもそも“タメになる”の定義が曖昧なのだが、そこは資本主義国なので「タメになる=将来的により多くの金銭を得られる」と読み替える。演繹すると「頭をよくする=将来的により多くの金銭を得られる」になるのだが、これはただの正論であり、ゲームをプレイする中心の層となる10~30代に必要とされているものとは思えない。

社会に出て数年でも労働した人なら誰でも分かる通り、成長過程で行うべきは、知識の集積であり、本当に養うべきは何かを成し遂げるための忍耐力であり、根性であり、執念である。その点において、ゲーム(※)が読書に勝るとはとても思えない。もちろん知力が無用というわけではないが、成長過程で能動的に養うものとしてどちらの優先順位を高くすべきかというと、それは知力じゃあないんじゃないの?と思うわけだ。結論として「どちらも必要」というのはさておき。

※なかにはそうでないゲームもある。厳密にいうと“何かを成し遂げるための忍耐・根性・根性・執念を求めるゲーム”が存在するし、またいかなるゲームであろうと“何かを成し遂げるために忍耐・根性・執念を発揮する人達”がいる(覇道を突き進む任天堂の周辺には、上記のようなゲームも人も少ないが。まぁこれは善し悪しの問題ではない。そういうものだ)。

というわけで、抜群の知力を誇る私が泣かず飛ばず的なポジションに停滞していることに対して強引に理由を付けるために書いてみたわけだが、やはり私は世界を変える大いなる知力よりも、目の前の課題をやり遂げる小さな実行力を尊ぶ。どちらも持ってないけど。

というかそもそもなぁ、多メディア(紙やTV)からみた日常生活におけるゲームの優位性を説くこと自体がナンセンスというか。害の無いことだけをアピールできればええんでないのと思う。人間関係の話にしても「ゲームでも実際に人気なのはコミュニティであり、ネットワーキングだからだ~」と言われても、シチュエーションや処理対象の情報量があまりにも違い過ぎるんじゃないかと。

以上、知力≠知性な点にご注意いただきつつ、本当にありがとうございました。

####

途中に書いた「なかにはそうでないゲームもある~」の下りだが、ゲーム/プレイのスタンスをヘビーとライトに分かつのも、忍耐を問うか否かを中心に語れる気がする。私はヘビーなのが好きだ! という話はまた暇なときに書こう。だいたい暇だけど。

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京都府生まれの執筆業者(3234歳/男/東京都世田谷区在住一時的に京都府在住)。ライティングやらWebのお仕事やらをしています。

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