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2007-05-28 

ノーラスにて思う 

やはり洋ゲーのグラフィックスはたまりませんな。

EverQuest2
新しい騎乗モンスター? 1tick毎に、粘度の高そうなヨダレをたらしている。

この手のグラフィックスでまず重要なのは質感。その次は――月並みのようだが再認識しておくべきかと思われる――キャラクターのモーションパターンの多さなんじゃないかと思う。

たとえば私がEQ2をプレイしていて一番カタルシスを感じる場面は、スペル詠唱時(もしくはアーツ発動時)である。その理由はおそらく、自分の分身が、私が普段の生活では到底しないであろう動きをするから。

「自分では到底ありえない動きをするとき、キャラクターに感情移入できる」というのは一見逆のようだが、プレイ中に自分の心の動きを追っているとよく分かる。プレイヤーの操作がキャラクターの挙動としてダイレクトに伝われば伝わるほど、なにも感じない。むしろ、ワンボタンの操作でキャラクターがいろいろな動き(※エモートのことではない)をすると、ふっと没入することに気づく。

上記の違いは「バーチャファイター」シリーズと、「鉄拳」のシリーズの違いを思い浮かべると分かりやすい。

「鉄拳」シリーズには、プレイヤーが技を発動したあと、プレイヤーがなにも操作できない時間(キャラクターのモーション時間)がある。キャラクターの移動は操作がダイレクトに伝わる一方で、キャラクターのモーションは入力からモーション終了までにモーション時間分の遅延がある。そしてその遅延分だけ、キャラクターは、人間の手による操作ではとても再現できないような複雑な動きをする。

この“自分がすごい操作をしているんじゃないか感”とでも言うべき錯覚が、鉄拳を鉄拳たらしめている。「鉄拳」はこのバランスが絶妙である。少なくともこの点において、鉄拳はVFを完全に凌駕している。ゲーム性の違いではなく、単純に勝っている。

いや、話を戻す。

ゲームにおけるアバターを、プレイヤーの変身願望を満たすためのツールだと仮定する。すると、アバターにおけるモーションバターンの重要度は、コスチュームパターンのそれとまったく同じになる。

つまり、アバターに自分が普段着られない服を着せられるのと同様に、自分のできない――もしくは“恥ずかしくて”できない――動きをさせられることが重要なのではないかと。

……と、プロヴィジョナーになるべくイースト・クリーム入りアントニカ風コーヒーとカニのビスクを作っていて思った。

うーん、しかしそう考えると、プレイヤーの体にモーションセンサを取り付けて動きをキャプチャし仮想世界にデータとして降臨するというこれまでの“バーチャルリアリティシステム観”は、やや安直でしょぼい気がしてくるなぁ。まぁそういったシステムで人が望む“能力の強化・拡張”は、単にモーションだけではないからいいのか。

EverQuest2
ケイノスのガードとにらみ合ってみた。

EverQuest2
見知らぬキャラクターをじっと見てみた。

※画像のセンタリングをやめた。毎度毎度、面倒なので。

コメント

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"ハーピー移動"でぐぐったら、3件しか絞り込まれなくなった。
私の日々の努力の賜物ですな。

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京都府生まれの執筆業者(3234歳/男/東京都世田谷区在住一時的に京都府在住)。ライティングやらWebのお仕事やらをしています。

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