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2009-07-28 

Twitterの第二次ブームがきてから 

好きなブロガーさん達の更新頻度が目に見えて減っている。

たしかに利便性は高いし何かを吐き出すには一番手っ取り早いツールだから、使用することそのものにまったく異論はないんだけど(私も使うし)、それによって構成が必要になる程度のボリュームを持つ記事が減るっていうのは、うーん、どなんだろ?

流行だとか時代の流れだとかっていうのは分かるんだけど、「低きに流れる」状態だってことは間違いないと思うんだなー。その功罪が明らかになるとしたら数十年後か。
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2009-07-28 

プチ人体実験 

このところずっと「エレコムわけありショップ」にて1600円ぐらいで買ったコンパクトキーボード「TK-U89MPBK」(なんと! シルバーは販売終了してないのか!)を愛用しているのだが、何度も書いている通りこれが非常に良い。打鍵の気持ち良さはもちろんだが、ハードウェアFnキー+左右カーソルキーで、それぞれHome/Endキーをエミュレートしてくれる点がめちゃくちゃ気に入っている。私はなぜかこの二つのキーを多用するらしいし。

一方、長らく使っているクソThinkPadのFnキーは低機能なため、先ほど突然腹が立って「猫まねき」でCtrl+Alt+左右カーソルキーをそれぞれHome/Endにしてやった。思い知ったかバカめ。もちろん既存のHome/Endキーはそのまま使用できるから、テキストの部分反転などは問題ない。

しかし、そのうち慣れるのかなこれ? もうおっさんなのだが。

##キーボードを叩き出してから十数年も経つのに、いまだにホームポジション2行上の数字キーを見ずに叩けないという。1週間ぐらい集中して訓練すりゃすぐに慣れそうなもんなのに。私の性格を表しているなー。
2009-07-25 

RAP2を分解しながら「ゲームデバイスはあぐらをかいている」と感じる 

私としたことが、どうやら仏心を抱いていたらしい。ん?何にって? リアルアーケードPro(RAP)シリーズに決まってんだろこの野郎!

(元気よく書き始めてみました)。

以前こんなエントリー(私が持っているRAP2の話じゃないけど)を書いたが、もっともっと書いておけばよかったと後悔している。「でか過ぎて重過ぎる」と。

繰り返しになるが、RAPシリーズ(および昨今のアーケードスティック)の私の気にいらない点は、目的である「動かないこと」を実現するために、「大きくする」「重くする」という手段を用いていることだ。もちろん、例えば床に座って膝に乗せてといった具合にプレイする場合は、それでいいかもしれない。だが机の上で使うなら、大きさや重さで机への吸着力を高めるよりも、クリップなどで固定した方が遥かに効率がいい。実際に、ホイールコントローラなどは伝統的に固定用のクリップが付いていたりするわけだし。

最近「ちょっとストIII(IVは持っていないのでね)の練習でもするか」と思ったときに、やたらと自分の腰が重いことに気づいた。なんでかなーと自分の心に聞いてみたのだが、やはりデスク上にあんな大きくて重いものを置くのが億劫だからというのがその原因らしい。ちょっとした移動も面倒だし(そもそも保管するだけで驚くほど場所をとるし)、机でプレイするにはぶ厚くて、最も重要なプレイアビリティまでが損なわれている。そこでやっと気づいたわけだ。「ゲームデバイスに心が広過ぎたかも?」と。

というわけで現在、RAP2を薄くしようと分解して適当なボディ(鉄かアクリルか)に載せ代えようと画策している。アーケードスティックなんてのはレバー、ボタン、機能スイッチのみで構成されているので、内部の構造は至ってコンパクトでシンプルというか、ボディの中は“空っぽ”。ぺったんこで、かつ机に固定できるボディなんかは簡単に作れそうだ。

リアルアーケードPro.2 RAP2
▲作業は膝の上。特別に、私のかわいいあんよも披露する

リアルアーケードPro.2 RAP2
▲並べただけ

――と、そんなことをしつつ思ったのだが、ゲームデバイスのような専用デバイスは、専用であるがゆえに機能性以外の部分がないがしろされている製品が多い気がする。

例えばゲーミングマウス。個人的には素朴に「なんでほとんどのモデルが黒いの?」「なんでLEDがそんなにまぶしいの?」という疑問が湧くのだが、あまりそういった疑問を目にしない。おそらくはそんなことを気にする人そのものが少ないのだろう。ただ、現に私なんかはほとんどそれだけの理由で購買意欲を失っている。それがどうしても「「機能美」ではなく「ハッタリ」にしか見えないからかもしれない(まぁハッタリが必要な局面はあるけれども……)。

もちろん、私だってFPSにぞっこんでマウスのホールド性能やスキャン性能を追求していたら、デザインやPCの日常操作を考慮せずに買うかもしれない。でもそれはあくまでも「やむなく」買うだけだ。一つぐらい購入以前に購買意欲を削がれないモデルがあってもいいと思うのだが、なぜかそれが見当たらない。びっくりするほどに。

専用には専用なりの良さがあるのは分かるし、私もそういう価値基準で物を選ぶことはある。ただ、専用でも長所を伸ばすことのみを追求せず、マスが感じる短所を極力減らす努力も大切なんじゃないのかなと思う。「イノベーションのジレンマ」じゃないけど、とくに性能の拮抗した製品カテゴリ(ゲーミングマウスがそれに当たるかは知らんけど)においては、マーケティング上も大切なんじゃないかなぁと。まぁでもこんなことを思ってしまうのは、私がヌルいゲーマーだからかもしれんけどね。

そんな土曜日。現在私は、分解したRAP2の基盤つき天板と底面の鉄板を固定するボルトとナットを探して工具箱をごそごそしている。ばかみたい。

皆様はいかがお過ごしでしょうか? いい天気ですね。最悪です。
2009-07-25 

知人の子供の名前を考えてみる 

会社の上司と先輩の中間のような人に子供ができたらしい。

(このスケベ!)

現在は名前を募集中で、なんでも、脅威のネーミングテクニックを持つ私の案ならば「神に誓って無条件で採用する」とのこと。それは光栄なことだ、ということで、私も神妙な気持ちで鼻くそをほじりながら考えてみた。

まず基礎情報は以下の通り。

父:坊主/名古屋産/趣味サッカー・音楽/IT企業
母:猫をかぶるらしい(他、基礎情報なし)
子:男/12月ぐらいに生まれる(うろおぼえ)
苗字:木ノ内
※本名を晒すとアレなので、母音だけ共通の仮苗字にしておく。

では、上記の基礎情報と私の嗜好を基に、いくつか案を出してみたい。

【音楽系】
木ノ内ヘンドリックス
木ノ内チリ・ペッパーズ
木ノ内&アスカ
木ノ内ッツ

【サッカー系】
木ノ内カルチョ
木ノ内ファーサイド
木ノ内ンプドリア
木ノ内越後

【名古屋系】
木ノ内ドラゴン
木ノ内駅前に何もない
木ノ内いい思い出がない
木ノ内新幹線止まらなくていい
木ノ内友人の嫁さんは名古屋出身だったが、完全に離婚した

(飽きてきたのでこのへんで)

必ず上記から選んでいただきたい。

そしてその子が大きくなったら、精子の検査のため病院の小部屋で古いエロ雑誌をオカズに激しくオナニーをした際、あまりに早さにかっこ悪くて出るに出られず、しばらく時間を潰してから胸を張って退室したという話をしてあげるといい。

元気な子が生まれるといいですな。

ま、大丈夫じゃろ。
2009-07-24 

「カルネージハート・ポータブル」(かるぽ)は人生の縮図なのかッ!? 

再び2chで「カルネージハート・ポータブル」(かるぽ)大会が開かれるので、現在しこしこと制作中。今度は飛行型機体禁止の地上大会らしいので、作る手間は少なくて済むかな。つーかアクティブなコミュニティが2chにしかないっつーのはどうなんだろね。ほとんどのゲームがそうだろうけどさ。

※かるぽの詳細は、たばこ代稼ぎのために貼っている右枠の紹介でも見てくれ。実はブログ全体ではそこそこ売り上げがあり、たばこ代ぐらいにはなっている。ありがとう。そしてもっと買え。

というわけで、せっかくなので試作機の様子を動画でアップ。青い方の機体がGueedたんのです。

ちなみに、BGMにはアニマトリックスの「Supermoves」(かっこいい)を当ててみた。この曲が使われているアニマトリックス内のオムニバスの一つ「セカンドルネッサンス」は一度見ておくといいよ。当該作品で描かれる世界観は、多くのSF作品(ターミネーターとか、それこそマトリックスとか)が舞台背景として利用しているからね。ぜひ。


▲こちらは対「アラクネー」(多脚型)専用。自機は高速移動(通称:スプー移動)で大型の盾を用いた格闘攻撃を得意とする「ジェイラー」という機体を使用している。シールド発生装置(通称:盾)を三つ装備した重量級に対しては、その廃熱の悪さを突いてナパームで攻撃するんですな。時折ボウボウと燃えておるでしょう? あと、実際には3対3で戦うのじゃよ。


▲こちらは対多脚型に対車両型のロジックを加えたところ。射撃や旋回のタイミングなどに調整が入っているんですな。画面左上がプログラムの縮小版になってるから、どのようにプログラムが実行されているか、一つ上の動画と見比べてみるといいよ。分かり易いように、移動ルーチンと攻撃ルーチンを四角型のメインルーチンとして、そこに状況対応ロジックを加えたような作りになってるから。まぁ使用チップの詳細は分からんだろうけど、雰囲気は掴めるじゃろう。まだ試作段階なのでまだまだ大きなロジックを追加する必要があるし、あとでプログラムの整形(チップ数調整による圧縮)もしなきゃならん。これがパズルっぽくて頭使うんだなー。

最近はOS付属でお手軽なWindows ムービーメーカーを使ってるんだけど、エンコードのクオリティが少し低い気がする。まぁ動画撮ってSE音と重ねてエンコードして、そのエンコード済み動画と音楽を重ねてさらにエンコード、っていう具合に2回エンコードしてるからってのが大きな原因とも言える。だって、そのようにしかできないんだからしようがないじゃないか、と。

しかしあれだ、かるぽは、

↓戦略は出尽くし戦術は煮詰まる。

↓それでも超人が新たな戦略を発掘し、戦術を改良する。

↓凡人はそれに打ち勝つ戦略を夢想する。

↓稀に戦略は思い浮かぶが、それを実行する戦術を持たない。

↓まさに絵に描いた餅。

↓しかし、それでも戦術を磨いて戦略の実行を目指し、稀に完成する。

↓しかし、その間に超人は、優れた戦術を基に新たな戦略を生み出す。

をぐるぐると繰り返すんだなー。まさに人生の縮図という感じがするべよ。


私? 私は凡人側ですが?
2009-07-18 

典型的な症例 

TwitterとTumblrをやめた(what's my scene? ver.7.2)

 どういうことかというと、今のTwitterやTumblrに溢れている情報の上澄みをさらって読み込んでいくと、日本に住む普通の人達のメンタリティとは非常に乖離した思想が自分の頭の中に猛烈な速度で浸透していく。で、そういうベクトルでモノを考えるようになると、そういう思考の仕方をしない普通の人達とつきあうのがとても苦痛になる。しかし、自分はそいういう普通の人達が何を考えて何を欲しがっているのかをわきまえた上で、情報やイベントを提供していかなければならない立場にある。

 これまでは、数年先に逝ってしまっているものと数年遅れているもの、つまり「マス」とは縁のない「何か」で自分の感性にピンとくるものばかりを拾っては悦に入り、他人とは違うことを自己満足してきた。

 けれど、これからは常に世間と同じ速度か、もしくはせいぜい2~3日早いぐらいの速度で物事を考えなければならないのだということにようやく自覚した次第(今さら遅すぎるけれど)。

「ひょっとしてオレって逝き過ぎちゃった? 普通って大事だしちょっと世間に合わせるわwwww」という、自意識と自信が肥大化して自分がいかに普通かということが見えなくなってしまった典型的な症例ですね。自分の属するセグメント以外の層を十把一絡げに「普通の人」としてしまうあたりが、この手の病に共通する症状です。

 おそらくこれからは、Webではない新聞・雑誌やテレビといったメディアにもっと触れていかなければならないのだろう。いずれのメディアも自分にとっては久しくつきあいがなく、とくにテレビはつまらないからと見ることをやめて非常に長い年月が経つ訳で、あれをまた見なければならないと思うと憂鬱だし、非常にストレスフル。しかし、それが今は自分に求められている仕事なのだからやるしかなさそうだ……。

新聞・雑誌・テレビというメディアに触れる時間を作るためにTwitterとTumblrをやめる必要があるとしたら、それはまた別の中毒症状が出ていたと考えるのが妥当ですね。TwitterとTumblrを使いながら新聞・雑誌・テレビに触れている人達に相談してみるのも一つの方法でしょう。

お大事に。
2009-07-16 

ライトとかヘビーとか……。よし、私が勝手にゲーマーを分類する(そしておそらく私だけが順守・運用する) 

先ほどおしっこをしようとパンツを下ろしながら思った(そう、私は小でも便座に座るのである! ステキ!)。

さて、ヒトラーの話をする場合、よほど特殊な文脈でなければ、

「ヨーロッパのブラウナウで生を受けたヒトラーは、1913年にドイツのミュンヘンに移住し――」

という言い方はしないし、また

「ヨーロッパのジャンヌ・ダルクはイングランド軍を撃破してオルレアンを解放した」

のような言い方もしない。

上記の物言いだと、前者は「ああ、ドイツ以外の国で生まれたんだな」、後者は「ジャンヌ・ダルクはイングランド軍じゃない方にいたのね」という推測しかできない。どちらもそれぞれ「オーストリア」や「フランス」といった当該人物の所属を明確にすることで初めて、必要な情報を提供できたことになる。

んで最近、というか随分と以前から気になっていたのが、ゲーム関連の報道で使用されるヘビーゲーマー(あるいはライトゲーマー)という言葉。これがまさに、前述の「ヨーロッパ」のような使い方がなされている。つーか私も散々使ったし。一昔前ならともかく、プレイヤーセグメントの多様化が進む今となっては、「ヘビー/ライト」のみの分類ではどのセグメントを指しているのかが分からない。いや、カジュアルとかコアとかどんどん用語そのものは増えているが、キチンと定義してい使用されているとはとても思えないのである。

百歩譲ってなんとなくそのセグメントの特性を想像できたとしても、細分化しなければターゲッティングはできない。「ヘビー」や「ライト」がそもそもマーケティングの視点から便宜のために生まれた分類だとすれば、ターゲティングに利用できないこの呼称はもはや意味を持たないレッテル貼りとすら言える。「この辺りはヘビーゲーマーに訴求しそうだ」とか「ライトゲーマー層(層!?)の取り込みが急務」みたいなことを言われても、はっきり言って困るのだ。頭に絵が描けないのである。

というわけで、以下のように私が決めたので今後はそれでいきませんかというのが本エントリーの主旨だったりしなかったりする。

(1)時間消費量による分類
ヘビーゲーマー/ライトゲーマー

(2)金銭消費量による分類
ロイヤルゲーマー/非ロイヤルゲーマー(※)

(3)ゲームデザインの好みによる分類
コアゲーマー/カジュアルゲーマー


これでいいべ(※の部分に相当するいい言葉がないなー)。

注意が必要なのは、(1)~(3)はどれか単体で分類を表すのではなく、組み合わせで表すということ。つまり

ヘビーでありロイヤルでありカジュアル

とか

ライトであり非ロイヤルでありコア

といった具合に分類する。こうしないと、たとえば「お金をたくさん使う人は時間もたくさん使うに違いないし、やたら小難しいゲームを好むのではないか」というように、――傾向としてはあるかもしれないが――見当違いな推測を働かせてしまう危険性がある(ここ重要ね)。まぁそうはいっても毎回組み合わせで使う必要はなくて、文脈に合わせて取捨選択すればいいだろう。たぶん。

さて、もう一つの問題として、(1)と(2)の分類は定量的に判断できるが、(3)は定性的にしか判断できないという点がある。この辺りも現状は実に曖昧で、私がカチンとくる点だったりもする。というか、カジュアルとコアについては境界線そのものが曖昧なので、表現として曖昧になるのは分かる。とはいえ、なにかしらの判断基準は提示されていてもいいんじゃないかなと思うわけだ。

じゃあこれも私が決めちゃおう。

カジュアルゲーマー:戦術フェイズの割合の多いゲームを好む
コアゲーマー    :戦略フェイズの割合の多いゲームを好む


私が極少ないサンプル(主に自分)を基に帰納しただけだが、うん、おそらくこれであってる。戦略フェイズの多いゲームは、マクロ・メタ・長期の視点でゲームを眺める必要がある。それにはwikiなどを利用した情報収集やコミュニティへの参加など“ゲーム外”での精神的・身体的活動を必要とするが、多くのカジュアルゲーマーはそれに耐えられない。というか、そもそもそんなことをするモチベーション自体が存在しない。彼らの弁を借りると「娯楽だし」ってことで。一方のコアゲーマーは、ゲームに“娯楽”以上の価値を感じている人と言えるんでしょうな。“趣味”の領域というか。

また上記の分類は、裏を返して、

戦術フェイズの割合の多いゲーム:カジュアルゲーム
戦略フェイズの割合の多いゲーム:コアゲーム


という使い方もできる。ああ、なんて便利なんだ。

ちなみに上記すべてを前提として私自身を分類すると、「ライトで非ロイヤルでコアなゲーマー」ってことになるのかな。ゲームに時間とお金をあまり使わず、遊んでるゲームは「カルネージハート☆」みたいな。言い換えれば「絶滅危惧種」。少なくとも、昨今のゲーム業界的には真っ先に淘汰されるべきゲーマー種別だと思われる\(^o^)/


ゲームを作る人も遊ぶ人も報道する人も興味のない人も外から水をさす人も、ぜひ上記の分類をご活用いただきたい(そしてさらに良い分類があれば教えてたもれ)。百歩譲って、使わなくていいからキチンと言葉を定義してから主張をしていただきたい。

主に、ディスプレイの前でイライラと頭を掻き毟っている私のために。
2009-07-11 

そんな「ドラクエwww」な私がプレイしているのは「七魂」 

正確には「七魂 クロニクルオブダンジョンメーカー」(GAE/PSP/2009年4月23日発売)。

七魂 クロニクルオブダンジョンメーカー GAE

これはプレイヤーが建築資材を使ってダンジョンを整備することで魔物が住み着くように仕向け、のこのこと巣食ったそいつらを退治するという実にまどろっこしい思いつきだけで作ったようなゲームである。1日単位で討伐・建築を行い、ダンジョンと自らの能力・装備を強化しながら魔物の殲滅を目指すという内容で、少しずつダンジョンを拡大することで遭遇モンスターが増え、キャラクターのステータス・装備・記録・召喚NPCなどのあらゆるパラメータが増加していく蓄積感が、ストレスフリーな操作性と相まって実に面白い。しかも絵師は私の大好きな寺田克也だったりする(というか、ほとんどそれだけの理由で目にとまって遊び始めたわけだが)。

といった感じでほんとに面白いんだけど、やはり「どう考えても売れんだろこれはwww」という思いを禁じえない。オリジナル作品でさしたる特徴もなく、プロモーションも不十分というデンジャラスコンボだから、それは宿命的ですらある。実際、地球人口があって日本(日本語圏)があってゲーム市場があって当該プラットフォームの普及率があってプロモーションの届く範囲があってそのレートがあって小売店・ネット店舗などのチャネルがあって購入する人があって初めて売れてその中の何人かがたまたま遊んでくれてさらに奇跡的な確率でクチコミ源をアウトプットする人がいて運良く正のフィードバックが起こり惰性で余分に売れると仮定して各パラメータを私が夜なべで作った超高性能スーパーコンピュータ「OPPEKE-PE」に入力して計算を実行した結果、日本全土での累計販売本数は「25本」と出た。ウホッ!スマッシュヒット!

……などということが言いたいわけではなく、私ですら直感できる「売れまへんで」という感覚がどの程度供給側にあるのかが知りたいなぁと。

ちょっと前に、そもそも分の悪いオリジナル作品を連発していたマーベラスの中の人が命乞いをしてたけど、それって事前に分からなかったの? というのが当時の素朴な疑問だった。営利企業として、流通・プロモーションにおいてわざわざ不利と分かっているスキームで敢えて戦おうとすることがまったく理解できなかったし、今もできない。銃弾飛び交う戦場にサーベル一本で飛び込むようにも見えて、どうにも腑に落ちない。

なんだろう、この小さな国のゲーム市場にオリジナルを受け入れる“ニッチ”が存在する・作り出せるという幻想がそうさせるのだろうか? でも実際そんなものはないし、今あるそれっぽいものは、面白さと不可分な「プレイヤー数」(または潜在プレイヤー数)というものの重要性の高まりに反比例して縮小の一途を辿るのは明らかなわけで(おそらく売れないソフトはそのうち実質的には1本も売れなくなる。いやまじで)。だから、失敗しても「売れなかったなぁ。テヘ☆」で済ませれらない体力の会社は無理しない方がいいんじゃないかなぁというのが私の感想だったりする。「やっべぇ!すっげぇ面白いゲームできちまったぜ……(ゴクリ)。でもこれ絶対売れねぇなあwwww」と感じたら、売るのをやめるか、多少突飛でも別のスキームで売る方法を考えるかしたほうがいいんでないの。博打じゃあるまいし。

もちろん、いちプレイヤーとしては「死ぬんじゃないぞぉぉぉお!」と叫びつつも、玉砕覚悟でバンバン突撃してくれたら「お、これは中の上ぐらい面白いなぁゲラゲラ。え?死にそう?」なんて感じでゲームそのものは楽しめると思ってるから、実はそんなに気にしてない。でも個人的には、これから山ほど出てくるであろう「面白いけど売れない作品」に対して微力ながら全力でサポートする所存だったりもする。まぁ誰にも頼まれてないし、遊んで「面白い」って言うだけなんだけどね。


2009-07-07 

ゲームとコミュニティのボリューム 

表題について便座にて肛門に意識を集中しながら汗まみれで考察したわけだが、文章として整形するのが超面倒。というわけで、少し切れた肛門の血をやさしく拭き取りながら、論理展開だけをざっくりと書き残しておきたい。


・ゲームは、それ自体がどのような出来であっても一人では遊ぶモチベーションが低い。世界が滅んでプレイヤー人口が自分一人なら多分ゲームはしない(するかもしれないが、暇つぶしの域を超えず、興奮度は低い)。

・裏を返すと、プレイヤー人口が自分+α(α>=1)であれば、いかなる出来のゲームでも面白さを発見する余地ができる。なお、その+αは必ずしも(地理的に)近くにいる必要はない

・つまり、コミュニティが“ある”ことが最重要ということ。大きさの問題は二の次

・コミュニティの最小単位は二人(※これについては「ペアプレイは可能性を秘めている」に絡めてまた今度じっくりと)

・そのほかコミュニティには地理的条件や嗜好性条件によってさまざまな階層が存在する。便宜上、条件の薄いコミュニティを上位、上位に包含され細分化の進んだ(条件の厳しい)コミュニティを下位とする。グローバル/ローカルと言い換えても差し支えない

・コミュニティは下位であれば下位であるほど居心地が良い。当該コミュニティにおける自分の存在感が相対的に高まるからというのがその理由

・それでも大きなコミュニティが望まれるのは、所属コミュニティが消失した場合の代替として、別コミュニティまたは別階層のコミュニティに属すことのできる余地が大きいため。予備

・コミュニティのライフサイクルはゲームのライフサイクルに比例する。というか、依存する

・ライフサイクルの短いタイトルほどコミュニティ消失の頻度(リスク)が高いため、+α(自分以外)のプレイヤーを確保できる余地を残すために、上層から下層までの総ボリュームの大きなコミュニティを必要とする

・一方ライフサイクルの長いタイトルは、コミュニティ消失の頻度(リスク)が低く+αのプレイヤーを確保する余地が小さくて構わないので、コミュニティの総ボリュームは小さくても構わない


以上。少ないサンプルで帰納から導いた法則ばかりなので飛躍が混入している可能性はあるが、ざっとこんな感じだろう。ついでになぜ私がカルネージハートをいつまでも飽きずに続けられるのかというと、おそらく、


・カルネージハートのコミュニティは総ボリュームが小さいが、ライフサイクルはかなり長い(新作が出るまで生き続ける。もっと言えばおそらく出ないので、永遠とも言える)

・そのためコミュニティの総ボリュームが圧倒的に小さくても、安心して遊ぶことができる。そして小さいがゆえに私の属するコミュニティも相対的に小さく、上記の前提で言えば非常に居心地が良い


ということではないかと。厳密にいうと、続けられる理由の一つ、だけどね。

ちなみに、上記の論理展開を精査しつつマルチプレイやvs.モードの考察を加えれば、たとえばちょっと前から騒がれているCOOPモードの隆盛なんかは簡単に説明できる。にも関わらず今頃COOPCOOPと騒がれることに対して失笑を禁じえないので書いてみた。遅いよまじで。


~どうでもいいけど~

現在、第10回カルネージハート・ポータブル2ch本大会が開催中。大会3週間前から余裕を持ってプログラムを開始したにも関わらず2日前になって戦略を変更しためかなり弱い機体(チーム)ではあるが、私も一応エントリーしている。参加チームは60以上。現在分割したリーグ戦の結果が続々とアップされてきており、案の上私のチームは低迷しているらしい。ものすごくいやな気分です。

あそうそう、あとね、PSPのRemotejoy使ってて音にプチプチとノイズが入るっていう人がいたら、CPUのクロックを変更して333/166MHzにするといいよ。そのノイズは負荷のせいだから(なぜか旧型PSP回路の物理的な配置のせいにされてることが多いけど)。夏場はちょっと怖いけどね。

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書いている人:Gueed
京都府生まれの執筆業者(3234歳/男/東京都世田谷区在住一時的に京都府在住)。ライティングやらWebのお仕事やらをしています。

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